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2018年09月29日

暗黙知と問題解決

先週の続きを書こうとしたのですが,三週続くと飽きるので急遽話題を変えることにしました.そこで本日は「暗黙知」について解説します.元々は3年ほど前のJMPer’s Meetingで発表した際の配布資料で,(ページ数の制約から最終的に原稿からカットしましたが)『統計的問題解決入門』の第5講のオリジナル原稿の一部にもなっていました.それに少し修正を加えて以下に掲載します.

暗黙知という言葉をご存知でしょうか?どこかで聞いたことあるという方も多いかと思います.「大事なことは言葉では表せない」というようなコンテクストで使われることが今の日本では一般的で,以心伝心とか拈華微笑などとも同意です.因みに,拈華微笑とは,金波羅華の花を拈って見せたお釈迦様に,十大弟子の一人の大迦葉だけがにっこりと微笑んだという説話からきていて,これによりお釈迦様は大迦葉に仏教の真髄が伝わったことを知るわけです.このような話が不言実行を美徳とする日本人のベースにあったのでしょう,経営学者の野中郁次郎先生が,野中郁次郎『知識創造企業』東洋経済新報社で徒弟制度の伝統に由来するノウハウ的な知識の存在を日本的経営の強みとして世界に紹介したとき,それは直ちに日本で流行したのです.その際,この「言葉に表せない知識」を暗黙知と名付けたたことから混迷が始まります.なぜならば,暗黙知とはもともとハンガリーの物理科学者マイケル・ポランニーのTacit knowingの訳語として使われており,両者は全く異なった概念であるからです.
試みに,Googleで暗黙知を検索した最初の3ページの結果を下表に示します.(3年前の結果です.)
88-1.png
この表で並記としているのは,Wikiやコトバンクのような辞書系のページが多く,その他とあるのは,暗黙知の中身には触れていないAmazonのページです.斜め読みですので判別の間違いはあるかもしれませんが,概ね日本では野中先生の暗黙知が主流になっているようです.この中にはポランニーを参照しながら,その説明は野中先生の暗黙知であったりする,やっかいな解説もありました.野中先生の暗黙知がこれだけ広まってしまった以上,私はポランニーの暗黙知は強いて訳さずTacit knowingと英語のままにするのがよいように思いますが,わたしとしては暗黙知という語感が好きなので,ポランニーの暗黙知として今後も使い続けていくつもりです.
それでは,ポランニーの暗黙知とはどういうものでしょうか?実は,これがなかなか説明しにくい概念なのです.実際.マイケル・ポランニー,高橋勇夫訳『暗黙知の次元』ちくま学芸文庫を読んでも「暗黙知とは〜である」とははっきりとは書かれていないので,読んでいてもどかしさを感じます.もともと,1962年のイェール大学における講義を元にして書かれているというだけあって,哲学書というほどではありませんが,やや難解な本ではあります.暗黙知についての解説はわたしの能力を超えていますが,「暗黙知の次元」に出てくる煉瓦職人の例を私なりに以下に解説してみます.
ここに一人のレンガ職人がいて,日夜良いレンガを作ろうと様々な工夫を凝らし,職人としての腕を磨いているとしましょう.彼にとっての良いレンガとは,耐久性に優れた丈夫で安価なレンガであって,そのためにレンガの製造工程では工業技術的原則や彼の経験による原則の制約を受けています.このレンガが何に使われるかに視点を移すと,そこにはこのレンガを使って良い家を建てようとしている建築家がいます.良い家とは,安全性,居住性を兼ね備えたものであり,そのため建築プロセスは建築学で記述されている原則に支配されています.更にこの家の集合体としての街に視点を移すと,そこにも良い街を作ろうとしている都市設計家がいて,やはり都市設計として従うべき原則に支配されています.一方,レンガ職人の下位に視点を移せば,そこにはレンガの材料を供給する会社の技術者がいて,その製造プロセスは物理学や化学の原理に支配されています.以上の記述を表にまとめておきます.
88-2.png
ここで,この階層システムに次の法則が成り立っていることがわかります.
1. それぞれの階層は次の二重の原理に支配される.
a) 各階層の諸要素それ自体の原理
b) 各階層の諸要素によって形成される包括的な存在を支配する原理
2. 下位のシステムはすぐ上のシステムに制限を課す.
3. 直下のシステムが上位システムの支配を免れるとその上位システムは機能しない
4. 下位システムの諸要素を支配する原理によって,より上位システムの原理を表すことはできない.
包括的な存在とは,下位システムから見て上位システムを包含したシステムのことです.これが『問題解決入門』で包括システムと呼んでいるものの正体です.ここには,物理,化学だけでは住み良い街は設計できないという,要素還元主義に対する批判があり,もともとポランニーの議論はそこを目的としていたようです.この議論の過程で,このような階層性こそがシステムの本質であり,この一連の階層性の中で順々に上位のシステムに至る人間の知の動的プロセスを発見したポランニーは,それを暗黙知と呼んだのです.即ち,ポランニーの暗黙知とは,次々と新しく高次のレベルの認知が形成されていくという一連の進化のダイナミズムであって,「言葉にできないものの知ることができる」という人間の生得的な認知能力なのです.

暗黙知の議論にはそこから生成される創発という現象が大変重要です.わたしは創発こそイノベーションへの鍵と考えています.創発についての話は次週とさせてください.

また台風が近づいていますね.皆様もご用心ください.

それではまた.
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2018年09月22日

AI vs. 教科書が読めないこどもたち(その2)

先週の続きです.『AI vs. 教科書が読めないこどもたち』p73の表1-1は「10-20年後になくなる職業トップ25」というリストで,その第4位に「コンピューターを使ったデータの収集・加工・分析」があって.それを見た人からJMPを勉強しても無駄になるのか?と質問を受けました.日本人は本を読まなくなったとはいえ,売れている本の影響力はまだまだたいしたものだと思った次第です.
さて,短い答えを先に言うと,これは誤訳です.この表の出典は松尾豊「人工知能は人間を超えるか」角川EPUB選書とのことで,更にその原典は先週も引用しましたC.B.Frey and M.A.Osborne (2013), "THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?"  ということは『AI vs. 教科書が読めないこどもたち』にも明記されています.
この論文を読むのは長いのでやや骨が折れましたけれど,リストがどこになるかと探すとAppendix(p61)に,各種職業の将来コンピュータ化されるであろう予測確率が ‘0’ をコンピュータ化されない(not computerisable),‘1’ をコンピュータされる(computerisable)として示されています.ここではコンピュータ化されにくい順に並べてあるので,第1位はレクリエーション療法士です.そして,例の表1-1の第4位に対応するのは699位のMathematical Techniciansであることがわかります.
日本ではTechnicianという言葉は馴染みはないかもしれませんが,米国では厳密にEngineerと区別されていて,わたしも米国赴任中は多くのTechniciansに大変お世話になりました.強いて訳せば技術者に対する技能者というところかもしれませんが,日本語の技能者には解釈はあっても定義はありませんのでTechnicianとそのまま理解しておいた方が無難です.これにMathematicalという限定がつくと,ここ
に書かれているような職業を指します.
1) Translate data into numbers, equations, flow charts, graphs, or other forms.
2) Confer with scientific or engineering personnel to plan projects.
即ち,
1.データを数値,数式,フローチャート,グラフなどのフォーマットに変換する.
2.プロジェクトの計画を練るために研究者や技術者と打ち合わせる.
のがMathematical Techniciansなのであって,それがどうして「コンピューターを使ったデータの収集・加工・分析」と訳されたのかは不明です.「データの収集・加工の作業者」くらいに訳すべきです.分析を含めるにしても定型的な分析業務くらいを考えるべきですね.
『AI vs. 教科書が読めないこどもたち』では「コンピュータを使ったデータの収集・加工・分析の仕事」をホワイトカラーと呼ばれてきた事務系の仕事としているので,おそらくビジネスデータをエクセルで集計したりグラフを書いたりしてまとめる類の仕事をイメージしているのでしょうか.これは引用元の誤訳を読んで著者が勘違いなされたように思います.このような仕事ならばRPA大流行ですから,AIに置き変わるのは既に始まっています.人間を駆逐するのには10年もかからないように思います.
従って,最初の質問に戻ると,「コンピューターを使ったデータの収集・加工・分析」 はおそらく誤訳で「コンピューターを使ったデータの定型的な収集・加工」 を意味しているであろうこと,その上でJMPを使うのであっても,エクセルに代表されるようなデータ集計,視覚化ソフトでもできるようなことをするならば状況は同じであり,JMPを使うならば,JMPならではのことに積極的に取り組んでいかなければならない,というのがわたしの考えです.JMPならではのことの一つに「統計的問題解決」があると考えていますが,我田引水でもあるのでこれについては後日にして,以下ではこの引用の問題点について考えてみます.
引用文献「人工知能は人間を超えるか」は読んだことはないのですが,Math Technisianの仕事を「コンピュータを使ったデータの収集・加工・分析の仕事」と訳すのは間違いです.それをチェックせずに書籍に引用掲載してしまったのは,この本が広く読まれているということを考えると残念です.このことは脇に置くとしても,そもそもC.B.Frey and M.A.Osborne (2013)を(このような形で)引用すべきでないと考えます.
C.B.Frey and M.A.Osborne (2013)は有名な論文なので方々で引用されています.例えば,内閣府の資料「産業社会・労働市場の未来の姿と 求められる人材像」 では「今後20年で,現在のアメリカの雇用者の47%が就く職業がコンピューター化により消滅する.」などと国民を煽っていますが,上述のC.B.Frey and M.A.Osborne (2013)のリストをコンピュータ化されやすい職業のリストとして切り取って掲載しています.このリストは先にも述べましたように,コンピュータ化されにくい順に並んでいるので,それをわざわざ逆にして示すのは少なくとも著者の意図するところではないでしょう.しかも,第12位のデータ入力作業員までは確率0.99で横並びです.因みに34位までは0.98となっていて,順位を議論する意味は全くありません.従って,C.B.Frey and M.A.Osborne (2013)をコンピュータ化される職業のランキングとして引用するのは不適切です.
そもそもMath Technisianの仕事がAIに駆逐されるかというと,かなり怪しいとわたしは考えています.オックスフォード大学の学者の論文であろうとも,中身を確認することが大切です.そうすればこのリストは次の手法で作成されていることがわかります.P33以降を読んでみると次のように書かれています.

First, together with a group of ml researchers, we subjectively hand-labelled 70 occupations, assigning 1 if automatable, and 0 if not.
Second, we use objective o∗net variables corresponding to the defined bottlenecks to computerisation.

ようするに,機械学習で分類する教師データはオックスフォードの研究者が自らの主観に基づいて作成したものなのです.その上で,O*netのデータベースにリストアップされている職業の特徴量の中でコンピュータ化におけるボトルネック(難所)と考えられるものをやはり主観的に選択しています.(p31のTable I参照)その上で,このデータをもとにして機械学習でモデルを作成し,それを他の職業に適用してコンピュータ化される確率を出しています.
技術系の例えをするならば,製品の合否を1,0判定した結果を教師データとして,合否に関係が深いと考えられる製品の特徴量(例えば,特定箇所の線幅とか特定工程の欠陥数であるとか)で名義ロジスティック回帰を実施し,そのモデルで製品の合否を(特徴量をもとに)予測するということをしているわけです.おそらくJMPでもできる処理です.
ですから,『統計的問題解決入門』でもお話ししましたように,得られたモデルの信頼性は現実に照らして確認しなければなりません.この論文で20年後に消滅すると予想された職業が本当に消滅していれば,このモデルが正しかったと判断できるわけですが,残念ながら未来の予測は確認実験をすることができません.
このようなケースはわたしたち(技術系の)仕事でも良くあるケースですが,こういうときは(ある意味危険を承知の上で)技術者の経験と常識を杖にするしかありません.この際,注意すべきことはこのリストにあるは「10年から20年後に残る仕事,なくなる仕事」ではないということです.その仕事がロボット化されて職人を駆逐するのでもなければ,技術の向上,文化習慣の変化によってその仕事が消滅するというのでもなく,その仕事は高い確率でコンピュータ化されると予測されているにすぎません.この意味ではAI化されるといったほうが正確です.WEBではこのことを誤って認識されている方がいましたので補足しておきます.
ところで,時計修理職人の仕事がAI化されると思いますか?その他にも,3位の「手縫いの仕立て屋」13位にもまた出てくる「時計の組立・調整工」はO*netの定義では「時計修理工」と区別されているようですが,いずれにせよAI化はむしろ難しい職業のように個人的には感じます.19位の「スポーツの審判員」なども微妙なところです.今でもビデオ判定などは一部のスポーツに導入されてはいますが,審判に要求されるのは視覚による判断だけではありません.テニスのコードバイオレーションは最近も物議を醸していますけれど,コード・オブ・コンダクトには9項目もあって,その中にはAI化が困難な項目もあります.Unsportsmanlike Conduct(スポーツマンシップに反する行為)などは主審の主観的要素も多分に影響されるといってよいでしょう.AIが審判すればプレーヤーがそれに従うとも思えません.最近このことは実証されたばかりです.そもそも,時計修理工の仕事 にはFinger Dexterity(指先の器用さ)が必要とされていて,それはAI化のボトルネックの特性とされているにも関わらずリストの第6位にあるのはなぜでしょうか.
以上を踏まえると,この論文で作成されたモデルの信頼性は如何なものかとわたしは思うのです.コンピュータ化される職業のリストはオックスフォード大学の機械学習の研究者の主観的な主張が色濃く反映されたものです.その主張とは,結論でもあってそれはp40に書かれているように,コンピュータ化の流れに打ち勝つにはcreative and social intelligenceが重要だということです.このような主観で教師データを作成したならば,それによるモデルはその主観を数式で表現したものにすぎません.
そもそも『AI vs. 教科書が読めないこどもたち』では機械学習にネガティブな主張がなされています.東ロボくんの英語チームはディープラーニングを使っていたそうですが,既存手法よりもよい成果が得られられなかったとのことです.この失敗を「ディープラーニングの限界を目撃した瞬間」とまで言っています.因みに,ディープラーニングは機械学習の一つで「教師データなし」で,高速かつ低コストに精度良く予測できる可能性がある手法というだけのことです.p33には「機械学習で大切なのは特徴量をどう設計するかであって,それが現実世界をうまく反映していれば判定精度は上がりますが,そうでなければデータを撫養しても無駄」「人間の直感を頼りにすると,思い込みに惑わされることもあれば,意外な漏れもあります.」と正しく認識されているのにもかかわらず,機械学習の結果である「10-20年後になくなる職業トップ25」を主張の根拠の一つとして無批判に使ってしまっています.オックスフォードの研究者の論文というだけで」盲目的に信じてしまっている訳ではないと思いますが,人は見たいものを見るものですから,自分に都合の良い論説は信じてしまうものです.このことを自らの戒めとして再認識しました.良い本なのにこの点だけは残念に思います.
ところで,今回の記事のカテゴリーは「書評」ではなく「Stat Spotting」にしたのですが,それには訳があります.記事を書く機会に,読み返してみていくつか気が付いたことがあったからです.本日は長くなりましたので一旦筆を置き,続きはそのうち書こうとと思います.

それではまた.
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2018年09月15日

AI vs. 教科書が読めないこどもたち(その1)

本日は,新井紀子(2018)『AI vs. 教科書を読めないこどもたち』東洋経済新聞社について.少し前に読んでいた本なのですが,ブログに書くのを見合わせていました.迷った末にやはり書くことにします.というのも,この書籍のp73の表1-1に「10-20年後になくなる職業トップ25」というリストがあってその第4位に「コンピューターを使ったデータの収集・加工・分析」とあるのを見た人から「JMPを使えるようになっても将来は役に立たなくなるのではないか」と聞かれたからです.確かにIBMのWatsonはSPSSを使って統計分析をしますし,そのような懸念も出てくるかもしれません.でも,これには著者の勘違いがあると思われます.このことについてお話しするために,本日は簡単にこの書籍をレビューします.
この本の構成は大まかには,東ロボくんとRST(Reading Skill Test)という著者が関わっていることに絡めて,前半はAIの一般的な解説,後半は中高生の読解力不足について警鐘を鳴らすという構成です.東ロボくんはご存知の方も多いでしょうが,2021年度の東京大学入学試験突破を掲げていたAIプロジェクトです.断念したとはいえ,MARCHレベルであれば入学可能なところまで漕ぎ着けたということですが,異なった見方をすれば,現行の入試制度では理解力のないロボットでも合格してしまうことでしょう.東ロボくんの示したことは「人工知能はすでにMARCH合格レベル」という表紙の惹句にあるのではなく,偏差値という指標が人の能力を測る物差しとしては不十分という見方をむしろすべきと思います.偏差値は標準偏差を一定の形式で規格化した数値に過ぎないので,何の標準偏差で能力を測るかということがより重要なのです.
ブログに書くのを迷っていたのは,基本的に著者の意見には同意すること多々あって応援したいのにもかかわらず,幾つかの点で批判的になってしまうかもしれないことを恐れたからです.売れている書籍なので,それだけネット上では批判的な書評も目につきます.確かにAIの部分に関しては,わたしも説得力が足りないように思いました.フレーミング問題のようなAIの限界についての指摘には度々言及されていますが,それが「弱いAI」というものですから当たり前のことです.「強いAI」は実現不可能(少なくとも当面は)ということの論拠に「弱いAI」の欠点をあげても仕方ありません.とはいえ,マスコミなどがAIというとき,AIとAI技術(AI要素技術の方がより的確と思います)を混同しているという指摘はその通りと思いますし,シンギュラリティなんてこないと断言されているのは個人的には好感を持ちました.
いずれにせよ,この本をAIの本と思わなければ些細なことです.それよりも興味深いのが「中高生の読解力」の低下を訴えている後半部分です.とはいえ,著者の主張が強いこともあってやや強引で,東ロボくんの失敗を中高生の読解力へと運ぶロジックはフォローできませんでした.著者のロジックは次のようなものです.
1.近い将来,AIが人間の強力なライバルになる.但し,AIが人間の仕事をすべて肩代わりすることは当面はない.
これは著者が東ロボくんの失敗から仮定したことです.これは私もそう思いますし,東ロボくんとは関係なく,多くのAI研究者がそう考えています.シンギュラリティを最初に唱えたカーツワイルでさえ,究極の楽天家だという別の理由ではありますが,AIが人間の敵となる未来は描いていません.

2.従って,今の中高生たちには「AIにできない仕事をするスキル」が必要である.
これは中高生に限ったことではないとは思いますが,同意です.

3.そのスキルとは,読解力を基盤とするコミュニケーション能力や理解力である.
ここに論理の飛躍があります.なぜ読解力だけを強調しているのでしょうか?仮に,読解力と偏差値との相関があるのだとしても,そもそも偏差値だけが能力の指標として適当なのでしょうか?とても重要なポイントの割りには説得力がありません.東ロボくんと言う偏差値を指標としたAIの開発で得られた仮説を,実際の場に適用するにはもう少し慎重な考察があっても良いように思いました.
著者が孫引用している論文,C.B.Frey and M.A.Osborne (2013), "THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?" は,今後20年で現在のアメリカの雇用者の47%が就く職業がコンピューター化により消滅すると言う予測がセンセーションを巻き起こし,メディアでも盛んに取り上げられました.p37のFigure IIIはどこかで見たことありませんか?この論文の最後の一文(p45)には次のように書かれています.
For workers to win the race, however, they will have to acquire creative and social skills.
ここで言うcreative skillには説明が必要です.この論文ではO∗NETという米国の職業データベースを参照していますが,Table IにCreative Intelligenceの定義が書かれています.それによれば「The ability to come up with unusual or clever ideas about a given topic or situation, or to develop creative ways to solve a problem. 」と言うことで日本語での創造性とは少し違います.
わたしは著者の説くマニュアルや教科書程度の読解力では,creativeとはむしろ対極にあるような気さえしています.ここは書き出すときりがないのでやめますが,トム・クルーズが公表したことで知られるようになったディスレクシア(識字障害)の人がCreative Intelligenceを持っていないとは思えないのです.更には禅における「不立文字」の思想とも相容れないように思います.

4.ところが,日本の中高生の読解力は危機的である.
これは著者が開発した基本的読解力を調査するRST(Reading Skill Test)からの結論です.これについては後述します.(長くなったから来週にします.)

5.しかし残念ながら,読解力を高める方法はない.
著者は,精読に何らかのヒントがあるのではないかと書いていますが,読む能力は読むことだけでは向上しないように思います.ですから,著者が社団法人を設立してまで普及を願うRSTの価値は問題の解決には直接は繋がらないでしょう.
わたしは読解力を高めるには論理的な文章を書くことが一つの方法と考えています.例えば,マニュアルは読むことよりも書くことにこそ価値があります.そのマニュアルはそのマニュアルが役に立つものであるかを他の人に評価されるのが定めです.そのフィードバックによってマニュアルを書いた人の読解力は磨かれる「ああ,なるほどここはそうも読めるね.」のように.そう考えています.

著者の主張には完全には同意はしていませんが,現行制度や官僚的なAI推しの風潮に反旗を翻し,アクティブ・ラーニングは絵に描いた餅とまで切って捨てる著者の舌鋒には心地よいものさえあり,今後の活躍に期待しています.冒頭の「コンピューターを使ったデータの収集・加工・分析」の仕事が将来なくなるのか?についてのわたしの見解は次週に回すとして,ブログを書く制限時間が来てしまいましたので,今週はここまでにします.
それではまた.
タグ:JMP
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2018年09月08日

MCDAアドインのアップデート

本書のサポートアドインであるMCDAアドインのアップデートについてお知らせします.不具合修正と同時に若干の改良が加わりました.不具合というのは最適化の条件がローカルに保存できないというものでした.これができないと様々な最適解(の候補)の比較検討(即ち,このアドインの目的である多基準の意思決定)がやりにくいのです.実はこの不具合には気づいたのは昨年の出版記念セミナーで発表したときのことでしたが,クリティカルな不具合ではないので修正はいつでもいいからと開発者に報告だけはしていたのですが,ようやく修正していただけました.今回,JMPのプロファイルにある機能を実装してもらえたので,赤三角メニューの設計条件の保存は廃止しました.
それでは,どのようにして設計条件を登録するのか,そのやり方について説明します.まず,サポートファイルの「MCDAデモ事例.jmp」を開いてください.アドインメニューから「MCDAアドイン」を実行して,予測式に「予測式 膜厚」ノイズ因子に「位置L」「位置W」を割り当てます.
そうしたら,「RNG」を0以上0以下で制約,「MID」を最大化に条件設定します.この状態で「最適化」の赤三角から「最適化」して,最適解を導出してください.このファイルの予測式は複雑なので少し時間がかかります.プログレスバーが二回出るはずです.解が変われば最適化の計算は終了しています.この状態で「プロファイル」を呼び出します.この図のようになりましたか?
85-1.jpg
ここで「予測プロファイル」の赤三角から「因子設定>設定を記録」を実行しますと,設定の名前を入力するウィンドウが出てきますので「膜厚最大」とでも入力します.
次に,この状態で最適化の条件を変更します.例えば「RNG」を「なし」にして「MID」を「5000」に制約します.最適解が得られたら,上と同じようにして設定名を入力します.「膜厚5000」と名前意をつけたのが下の図です.
85-2.jpg
このように,複数の最適解の候補を横並びにして評価できます.二つの解の「RNG」と「MID」の差が表示されます.ラジオボタンをクリックするとプロファイルが切り替わります.もちろん,「プロファイル」の赤三角からデーターテーブル等へスクリプトを保存できますので,いつでも傾倒した最適解の候補をプロファイル付きで緑三角から呼び出せるのです.原因は調査中ですが,Mac版JMPですと呼び出しに少々時間がかかりレインボーカーソルが回ります.今回の改良は多基準の最適化に特に便利です.この機能があれば昨年のDiscovery Summitでの発表は楽だったのにと思います.皆さんもどんどんこのアドインを使ってみてください.実務における最適化には大変有効です.少々使い方が難しいところもありますので,このアドインの使い方に的を絞ったセミナーの開催も予定しています.おそらく今回も非公開に募集をかけますので,興味ある方はご一報ください.

<重要>
もう少しテストを重ねてバグのないことを確認したいので,アップデートアドインは9月17日の敬老の日までに公開します.既にMCDAアドインをお持ちの方は,お手数ですが公開日以降に再度前回と同じ方法でお申し込みください.

それでは本日はこれまで.

2018年09月01日

疲れる話は続く

今週は泊りがけで出張だったのですが,隣の部屋の宿泊客の鼾で眠れずひどい目に合いました.もともと枕が変わると寝付けないたちなので予算ギリギリに広い部屋に泊まっているのですが,低周波の音には効果はなかったようです.フロントに聞くと隣の人は連泊されるとのこと.お願いして別の部屋に変えてもらい,翌日はことなきを得たのですが,当日は朝早くに目が覚めてしまって,なんとなくTVを見ていました.自宅にはTVがないので,ホテルに泊まったときなどつい珍しくて見てしまうのですが,早朝ですと通販番組くらいしかやってないんですね.
アメリカに住んでいた頃はAs Seen on TVをこよなく愛していて色々な通販商品が自宅にあふれていました.英語の勉強になるのでQVCとかもよく見ていました.私はWeather ChannelとQVC(QVC Japanというのもあります)とMTVで英語を覚えたと言ってもよいくらいお世話になりました.
さて,早朝で他にやることもなく(NHKも始まっていない),通販番組を見ていたのですが,早朝ですと圧倒的に健康関連の商品が多いのです.高齢者向けの化粧品なども多いようです.おそらくこんな早朝に見ているのは高齢者が多いからでしょうか?その中で小林旭が使用者として主演していたある健康飲料の番組をなんとなく眺めていました.小林旭は名前くらいしか知らないのですが,石原裕次郎とともに2枚目俳優として当時の映画では圧倒的な存在だったそうで,その存在に押されてて宍戸錠が悪役に転向したとも聞いています.閑話休題.
その健康飲料ですが,疲労感を軽減するということです.ここに商品名を書くまでもないくらい,イミダゾールジペプチド配合というその飲料の特徴そのものズバリの商品名なので調べればすぐわかります.このイミダゾールジペプチドですが,大阪市立大学大学院 医学研究科 疲労医学講座のHPに抗疲労物質として有望と説明されています.そこには効用に関する発表論文一覧が掲載されていて,ぞれぞれの文献がPDFで読めます.例えば,一番上のJpn Pharmacol Ther(薬理と治療)vol. 36 no. 3 2008 「CBEX-Dr 配合飲料の健常者における抗疲労効果」にはRCT(Randomized Controlled Trial)の結果があります.そこに書かれている実験デザインを読んで,本格的な臨床実験はかくも大変なのだということを私たち技術者は知っておくべきです.これに比べたら工業系の実験計画は楽なものです.仕出し弁当まで用意して通常の食事の影響を除外しています.このCBEX-Dr 配合飲料というのが私が通販番組で見たイミダゾールジペプチド配合というその飲料そのもののようです.
統計手法としては「SPSS version 11.5(エス・ピー・エス・エス(株)) による統計解析を使用し,試験食群間比較について 対応のあるt検定を実施し,両側検定で,p<0.05 を 統計学的に有意とした。 」とあります.論文にはクロスオーバー試験とあり,4週間のウォッシュアウトを間に挟んで,対照群と実験群とを交換しています.CBEX-Dr 配合飲料の投与前後の比較をしているので,対応のあるt検定というわけです.
二重盲検にもなっている丁寧な実験と思いますが,一つ疑問なのはサンプルサイズが小さすぎないかということです.ひとまず1サンプルt検定を想定してJMPで標本サイズを調べて見ると(実験計画メニューの計画の診断>標本サイズ/検出力で「1標本平均」を選択します)でα=0.05,検出力0.8の場合,以下のようになります.先週お話ししたVAS(疲労の評価指標)の標準偏差のうち小さい対照群の値22.7を入力しました.この実験ではサンプルサイズが17ですから「検出する差」はおよそ16になります.
84-1.png
負荷4時間後からの変化量で回復4時間後に二つの群のVASの平均値の差がもっとも大きくなりますが,その差は10程度です.ですから,この実験ではこの差を検出できる性能はないということになります.では,サンプルサイズはどれだけあればよいのかというと,今度は検出する差を10とすると標本サイズは43となります.20人以上のグループ同士での比較が必要ということですね.
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仮にイミダゾールジペプチドが疲労回復に効果があったとしても,わざわざ論文でCBEX-Dr配合飲料として市販商品に言及しかつ実験に使っている点にも疑問が残ります.この実験で使われたのは私が通販番組で見た商品そのものと思われますが,このCBEXっていうのは(chicken breast extract)の略なので,鶏胸肉抽出物で普通に鶏むね肉を食べればいいのでは?と考えてしまいます.鶏むね肉100gにはイミダゾールジペプチドが200mg含有していて,西友では国産鶏むね肉が100gあたり67円で売られているので,30日分の3kgでも2010円です.しかも美味しい.例の飲料は30mlで200mg含有しているそうで,商品のサイトでは1月分が30本で送料込みで6750円と価格は3倍以上です.
それと,体調不良を発祥したことによる部分除外がそれぞれの群で3例あることも引っかかります.実験は3ヶ月に及んでいますから,この間どなたかが風邪でも引いたのでしょう.とはいえ,このデータを除外してよいものでしょうか?体調が良い人というのは除外できないので実験が長期に及べば,薬効の効果を示すのに有利になってしまいます.
サンプルサイズがもっと大きい実験も論文になってるので,これから読んでみます.面白いことを見つけたらまた来週お話しするとして今週はここまで.
それでは,また.

追記:リンクがおかしかったので修正しました.
タグ:統計 JMP
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