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2018年11月03日

紅茶の話

11月1日は紅茶の日だったそうです.ポッキーの日(正式にはポッキー・プリッツの日)がその形状から決められたように,紅茶の葉を数字の1に見立てて11月1日と決めたのだろうと思っていたのですが,日本紅茶協会によると,初めて外国での正式の茶会で紅茶を飲んだ日本人と言われる大黒屋光太夫が,女帝エカテリーナ2世に接見したのが1791年の11月と記録されているからだそうです.別の記録によれば1791年6月とも書かれていますが,とにかく由来はこのような歴史に基づいているそうです.大黒屋光太夫といえば,司馬遼太郎『菜の花の沖』にも登場したので,高田屋嘉兵衛とイメージがダブりますが.緑茶に慣れていたであろう光太夫の舌には紅茶はどのように感じられたのか興味があります.ロシア流の紅茶は甘いジャムを舐めながら(おそらく口に含んで溶かしながら)飲むそうなので,おそらく不味いと感じたと推察します.
紅茶の日ということで,日本紅茶協会が配布したポスターがtwittetで話題になっていました.「紅茶はインフルエンザウイルスを99.9%無力化します!!!」とのことで,みなさん99.9%というところを怪しまれているようです.紅茶のテアフラビンは抗菌作用があることで知られています.確かのど飴が売られていたと記憶していますが...あった,見つけました.このテアフラビンは紅茶の発酵過程で緑茶のカテキンが酸化して生成するポリフェノールです.長崎大学大学院医歯薬学総合研究科天然物科学研究室のサイトによればその生成にはまだわかっていないことが多いと書かれています.このページの下の方にあるカテキンの参加経路など拝見すると,この式が理解できるというのはすごいですね.ここに書かれていますが,紅茶でなくても,緑茶にリンゴの皮やバナナスライスなどを入れることで,テアフラビンは生成されるそうです.緑茶にリンゴの皮を入れて飲めばインフルエンザ予防に効果あるのでしょうか?
さて.紅茶がインフルエンザウイルスを99.9%無力化するという主張を統計リテラシーに照らして検証してみましょう.まずは主張の根拠を探すことから始めます.行き当たったのが,紅茶協会のインフルエンザに対する感染伝播阻止効果という資料です.ここにはインフルエンザウィルスを何と99.999%無力化すると書かれています.どうやら培地上で100万個以上あったウィルスが紅茶を作用させたことで検出限界の10個以下になったからということが根拠のようです.検出値を検出限界で割り算して何倍というのは残留放射線のケースでもそうでしたが,よくある間違いです.検出限界はバックグラウンドの変動という確率的な現象を数値化したものという認識が欠けています.**%無力化するという表現も気になるところです.100個のものが1個に減ったことを無力化と呼んでいいものか.とはいえ,紅茶がインフルエンザ予防に何らかの作用がありそうだということはわかりました.ウィルスのスパイクに付着するというメカニズムも合理的です.但し,下に小さく書かれているように「ヒトでの実験は実施していません」ということは知っておくべきです.
そこで,ヒトを対象にした研究を調べてみました.見つけたのが,岩田雅史他(1997), 感染症学雑誌 第71巻 第6号, 487-494, 紅茶エキスのうがいによるインフルエンザ予防効果です.この論文で示されているのは,in vitroだけでなく約300名を対象としたin vivoの実験を実施している本格的な研究です.材料,対象および方法のところで,うがいには,紅茶(日東セイロン紅茶)を50°Cで30分抽出して0.5w/v%無糖液を作成した,などと書かれているのがジワジワきます.この論文でペア血清というのは,同一人物から一定間隔で採取した二つの血清のことで,ウィルス血清抗体価は過去にそのウィルスに感染した履歴の影響を受けるので,感染前後での抗体価を比較する必要があるのです.ですから,感染の有無を判定するためのペアであって対応があるということではありませんので注意が必要です.実験結果はtable3にまとめられていますが,ペア血清が得られた制御群125名中感染者が61名,実験群134名中47名..ってインフルエンザにかかり過ぎのような気がしますが,カイ二乗検定の結果は有意水準5%で有意性ありと結論しています.JMPではこんなふうになります.
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検定結果は5%有意ではあるけれども1%有意ではない程度のようです.臨床試験にはよく5%有意であることのみ示した研究が多いですが,できるだけp値も併記して頂きたいですね.実験データから何らかの判断を下すのはときには利害関係がある研究者だけではなく,一般人の立場から判断したいからです.もちろん,そのために最低限の統計リテラシーをみっている必要はあります.
この研究では制御群は何もしていないのですが,本来は水や塩水でうがいをしてもらうべきでもあったと考えます.紅茶うがいは液体でうがいをすることに主たるインフルエンザ防止の効果があったとも考えられるからです.
以上を踏まえると,少なくとも99.9%という数字には惑わされない方が良いように思います.紅茶の効用をアピールしたいのは理解できるのですが,ワクチン嫌いなお母さんがいて,うちの子には紅茶飲ませてるからワクチン接種しなくて大丈夫,などというケースが多くなればそれこそインフルエンザ流行に拍車をかけてしまうかもしれません.
しかしながら,個人で臨床試験をするのは無理です.せいぜい自らが実験動物になるくらいですが,人間の場合は認知バイアスという思い込みもあります.そこで日常的な統計リテラシーの練習としてできることとして,仮説をたててそれを検証することがあります.紅茶を世界で一番飲む国はご存知でしょうか?先のロシアでもイギリスでもなく,実はトルコなのです.
それならばトルコではインフルエンザは流行しないのではないか?という仮説を立ててそれを検証してみます.WHOの2018年1月の報告,Influenza Update number 307. 22 January 2018 がありました.トルコはどこかと探すと黒海と南のエーゲ海・地中海に面しているあたりです.微妙な黄土色なのでinfluenza pisitiveが21-30%です.イギリスも30%以上ですから,しっかりとインフルエンザが流行しています.他にもトルコ日本国大使館が在留邦人に出した,トルコ国内におけるインフルエンザの流行についてなどから判断するに,紅茶のインフルエンザ予防効果は期待しすぎない方が良いようです.
今日は冷えますので,皆様もお気をつけください.それではまた,
タグ:JMP
posted by Tad at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 統計リテラシー

2018年10月13日

統計リテラシー

「統計リテラシー」についてお話することが度々ありまして,以前よりネタを目にするたびに拾い集めています.「Stat Spotting」同様,趣味みたいなものですが,自らの「統計リテラシー」を鍛えるのに役立っています.といっても,話そのものは当たり前なので,わざわざブログに取り上げる意味はないのかもしれません.
一月ほど前にNEWSポストセブンで拾った記事ですが,女性セブン2018年9月27日号によれば「自宅の蔵書多いと子供の算数の成績が上がる、新聞も重要」ということだそうです.全国の小学6年生と中学3年生の200万人を対象に,毎年実施されている「全国学力テスト」の2017年度版の結果が7月末に公表されたわけですが,今回は「保護者アンケート」も同時に実施されたそうです.アンケートの対象は,テストを受けた小6と中3の保護者から12万人をランダムサンプリングしたとのことでかなり大掛かりです.家庭環境や経済状況とテスト正答率との相関関係を調査するというようなことは昔からよくやられています.わたしも「統計リテラシー」のセミナーの題材にしたります.
例えば,よく引き合いに出すのは農林水産省の「めざましごはんキャンペーン」です.食料の自給率向上を目指すに,朝食抜きや食べてもパン食が多いことに対して朝ごはんを食べましょうという政策に則ったキャンペーンです.このPDFの資料の表示に掲載されている「平成23年度めざましごはんキャンペーンポスター」を見ると,小林幸子がお米大使というのはさておき,その下にグラフが掲載されています.少し見にくいのですが,左側には「朝食の摂取習慣」と「テスト」の関係が示されていて,日毎食べると正答率69%,食べないと48%となっています.まあ,正しくは「朝食の摂取習慣」と「テストの平均点」の関係だとは思うのですが,そこは置いときます.統計リテラシーのない親がこれを見たら「うちの子にも毎朝朝食を食べさせなくては」と思うかどうかは定かではありませんが,もちろんこれは疑似相関を示す良い例です.背後に「親の(子供に対する)関心」というような隠れた因子が存在してその影響による疑似相関である可能性が高いことは,言われてみれば誰でも気づくことです.
もう一つ問題があって,相関があるからといってそれが因果関係を示すわけではないということです.朝食を毎日食べるとテストの点が上がるわけではないということです.少なくともこのグラフだけからはその結論は導き出せません.この例のように現象が目に見える馴染み深いものであればこそ常識を頼りに正しく判断できるかもしれませんが,わたしたち技術者の扱う問題では「隠れた因子」を見つけにくく,因果関係を判断する常識も不足している状況が多いものです.
話が逸れましたけれど,上記を踏まえて女性セブンの記事を読んで見ます.面白いのは,この記事に「家庭の蔵書数が多いほど、子供は算数が得意になる」という見出しがつけられていることです.「おやっ」と思い記事をよく読むと,データを調査されたお茶の水女子大学文教育学部の浜野隆教授の話として以下のように書かれています.
「学校で実施されるどの教科のテストも、『問題文を読むこと』から始まります。いわば活字文化の学校において『読む力』はさまざまな学力に直結します」
浜野先生の発言をどう解釈すれば「蔵書数が多いほど、子供は算数が得意になる」となるのでしょうか.この記事を書いたライターは「蔵書数の多い家庭ほど、読書の機会が多いはずで、その分、子供の学力が高くなるのだ。」と考え,「普段から本を読んで書いてあることを理解しようとしている子供は、算数に求められる『論理的思考』能力も磨かれるのでしょう」という教育ジャーナリストの意見をもとに因果関係を想像したようです.親の蔵書数が多い → 子供が本を読む → 「読む力」が向上する → 「論理的思考」の能力が向上する → 算数が得意になる という一連のロジックには,個々に見るとそれなりの説得力があるように思えますが,クリティカルに一つ一つ考察して見ます.
親が本をたくさん持っていれば子供が本を読むようになると言われているのは事実です.おそらくそういう因果関係は特に幼少期にはあるかもしれません.とはいえ,逆に,二宮金次郎は薪を背負っても本を読んでいたわけなので,そういう子供が多ければ相関関係はそれほど高くはなならいはずです.その次の,多くの本を読んでいさえすれば「読解力」が向上する,ことについては『AI vs. 教科書が読めないこどもたち』では否定されていましたし,この記事にあるように Repeating stories is the best way to broaden toddlers' vocabulary.(幼児への絵本の読み聞かせには一冊を繰り返すことが多くの語彙を増やす最善の方法である.)幼児期の研究とはいえ蔵書数は語彙の学習能力にはあまり関係ない,という研究報告もあります.
ここまでは良しとしても「読解力」があると「論理的思考能力」も向上するというのは少し乱暴です.「論理的思考能力」がないと「読解力」もないというのならまだわかりますが.論理的思考能力があると算数が得意になる,という部分はまあそうなのかなとは思いますが,「1ふくろ 8こ入りの チョコレートが 7ふくろと、ふくろに 入っていない チョコレートが 17こあります。ぜんぶで チョコレートは 何こありますか。」という問題に73こと答えた子がバツになる教育をされているとすれば論知的能力があるとむしろ算数の点は下がってしまうかもしれません.(参考
『算数』小2問題 「8×7+17=73」 は間違いなのか?ネットで話題に!
何が言いたいのかというと「蔵書数が多い親の子供は算数の点が高い」という相関関係を示すデータだけから「親の蔵書数を増やせば子供は算数が得意になる」という因果関係を導くのは無理があるのではないかということです.このように「風が吹けば桶屋が儲かる」的な連想の要素ロジックを専門家の意見でサポートして,最もらしい因果関係を仕立て上げそれに断定的な見出しをつけるのはマスコミの常套手段です.
その動機は利益誘導とまでは言い過ぎですが,自らの都合の影響は多分にあるでしょう.例えば,女性セブンは小学館という大手出版社が発行しています.その購読者層は表紙を見れば明らかなように主婦層です.(さだまさしとか小泉今日子ってまだいるんですね.)日本人は本を読まなくなったと言われますが,子供の算数の成績をあげたかったら本を買いましょう,というメッセージを主婦層にアピールしているのです.この行為が不正であるとまでは思いませんが,因果関係にまで踏み込んだ記事には多分にその統計情報の発信者の都合や意図が入っていることをわたしたちは肝に命じるべきです.これは統計リテラシーの基本です.
もう一つ.頭のいい人ほど因果関係の連鎖を想像できるということにも注意が必要です.全然関係ないと思っていた変数間に相関が見出された場合,経験や知識量が多い優秀な技術者ほどその間を繋ぐのがうまいものです.いわば,何らかの仮説を打ち出すことができてしまうのです.今思い出した例があって,面白いので来週書くことにします.このネタは続く可能性があるので「統計リテラシー」というカテゴリーをこの機会に作ります.「Stat Spotting」との区別が曖昧ですがこちらは,日常生活の中で目につく広告が対象ということにしようと思います.
それではまた.
タグ:統計
posted by Tad at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 統計リテラシー