UA-115498173-1

2018年09月29日

暗黙知と問題解決

先週の続きを書こうとしたのですが,三週続くと飽きるので急遽話題を変えることにしました.そこで本日は「暗黙知」について解説します.元々は3年ほど前のJMPer’s Meetingで発表した際の配布資料で,(ページ数の制約から最終的に原稿からカットしましたが)『統計的問題解決入門』の第5講のオリジナル原稿の一部にもなっていました.それに少し修正を加えて以下に掲載します.

暗黙知という言葉をご存知でしょうか?どこかで聞いたことあるという方も多いかと思います.「大事なことは言葉では表せない」というようなコンテクストで使われることが今の日本では一般的で,以心伝心とか拈華微笑などとも同意です.因みに,拈華微笑とは,金波羅華の花を拈って見せたお釈迦様に,十大弟子の一人の大迦葉だけがにっこりと微笑んだという説話からきていて,これによりお釈迦様は大迦葉に仏教の真髄が伝わったことを知るわけです.このような話が不言実行を美徳とする日本人のベースにあったのでしょう,経営学者の野中郁次郎先生が,野中郁次郎『知識創造企業』東洋経済新報社で徒弟制度の伝統に由来するノウハウ的な知識の存在を日本的経営の強みとして世界に紹介したとき,それは直ちに日本で流行したのです.その際,この「言葉に表せない知識」を暗黙知と名付けたたことから混迷が始まります.なぜならば,暗黙知とはもともとハンガリーの物理科学者マイケル・ポランニーのTacit knowingの訳語として使われており,両者は全く異なった概念であるからです.
試みに,Googleで暗黙知を検索した最初の3ページの結果を下表に示します.(3年前の結果です.)
88-1.png
この表で並記としているのは,Wikiやコトバンクのような辞書系のページが多く,その他とあるのは,暗黙知の中身には触れていないAmazonのページです.斜め読みですので判別の間違いはあるかもしれませんが,概ね日本では野中先生の暗黙知が主流になっているようです.この中にはポランニーを参照しながら,その説明は野中先生の暗黙知であったりする,やっかいな解説もありました.野中先生の暗黙知がこれだけ広まってしまった以上,私はポランニーの暗黙知は強いて訳さずTacit knowingと英語のままにするのがよいように思いますが,わたしとしては暗黙知という語感が好きなので,ポランニーの暗黙知として今後も使い続けていくつもりです.
それでは,ポランニーの暗黙知とはどういうものでしょうか?実は,これがなかなか説明しにくい概念なのです.実際.マイケル・ポランニー,高橋勇夫訳『暗黙知の次元』ちくま学芸文庫を読んでも「暗黙知とは〜である」とははっきりとは書かれていないので,読んでいてもどかしさを感じます.もともと,1962年のイェール大学における講義を元にして書かれているというだけあって,哲学書というほどではありませんが,やや難解な本ではあります.暗黙知についての解説はわたしの能力を超えていますが,「暗黙知の次元」に出てくる煉瓦職人の例を私なりに以下に解説してみます.
ここに一人のレンガ職人がいて,日夜良いレンガを作ろうと様々な工夫を凝らし,職人としての腕を磨いているとしましょう.彼にとっての良いレンガとは,耐久性に優れた丈夫で安価なレンガであって,そのためにレンガの製造工程では工業技術的原則や彼の経験による原則の制約を受けています.このレンガが何に使われるかに視点を移すと,そこにはこのレンガを使って良い家を建てようとしている建築家がいます.良い家とは,安全性,居住性を兼ね備えたものであり,そのため建築プロセスは建築学で記述されている原則に支配されています.更にこの家の集合体としての街に視点を移すと,そこにも良い街を作ろうとしている都市設計家がいて,やはり都市設計として従うべき原則に支配されています.一方,レンガ職人の下位に視点を移せば,そこにはレンガの材料を供給する会社の技術者がいて,その製造プロセスは物理学や化学の原理に支配されています.以上の記述を表にまとめておきます.
88-2.png
ここで,この階層システムに次の法則が成り立っていることがわかります.
1. それぞれの階層は次の二重の原理に支配される.
a) 各階層の諸要素それ自体の原理
b) 各階層の諸要素によって形成される包括的な存在を支配する原理
2. 下位のシステムはすぐ上のシステムに制限を課す.
3. 直下のシステムが上位システムの支配を免れるとその上位システムは機能しない
4. 下位システムの諸要素を支配する原理によって,より上位システムの原理を表すことはできない.
包括的な存在とは,下位システムから見て上位システムを包含したシステムのことです.これが『問題解決入門』で包括システムと呼んでいるものの正体です.ここには,物理,化学だけでは住み良い街は設計できないという,要素還元主義に対する批判があり,もともとポランニーの議論はそこを目的としていたようです.この議論の過程で,このような階層性こそがシステムの本質であり,この一連の階層性の中で順々に上位のシステムに至る人間の知の動的プロセスを発見したポランニーは,それを暗黙知と呼んだのです.即ち,ポランニーの暗黙知とは,次々と新しく高次のレベルの認知が形成されていくという一連の進化のダイナミズムであって,「言葉にできないものの知ることができる」という人間の生得的な認知能力なのです.

暗黙知の議論にはそこから生成される創発という現象が大変重要です.わたしは創発こそイノベーションへの鍵と考えています.創発についての話は次週とさせてください.

また台風が近づいていますね.皆様もご用心ください.

それではまた.
posted by Tad at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 統計的問題解決

2018年08月25日

疲れる話

まだまだ暑い中でエアコンが故障してしまいまして,ダメ元でお願いしたら翌日には修理に来てくれたのですが,その晩は大変な目にあいました.寝不足でバテバテだったのですが,来ていただいた修理の方がわたし以上にお疲れの様子.聞いてみると,やはり今年の夏は大忙しのようで,その日も10件のお宅を回らなければばならないとか.冷却ガスのボンベを運ぶのも辛そうだったので,手伝ってあげたりしたのですが,あの様子では疲労のために作業効率も上がらないでしょうし,何かの事故に繋がらないかと心配してしまいました.
本日は疲労について考えてみます.何らかの作業・活動をシステムと捉えたとき,その出力として疲労あるいは疲労感が考えられます.あるいは倦怠感などと呼んでもいいでしょう.作業効率というもう一方の出力特性とのトレードオフとしてシステムの最適化を考えるならば,疲労を数値化する必要があります.まずは,Apple WatchやFitbitに代表される活動量計を使うことが思い浮かびます.加速度センサーで歩行やランニングなどの運動量を計測するわけです.この指標は簡便はありますが,どうも因果関係が逆のような気もします.活動するから疲労するわけなので.
ご存じない方も多いかもしれませんが,実は疲労度計なるものが存在します.自律神経の機能低下を計測するのですが,その原理は脈波という末梢血管の振動波形の計測で,脈波センサーをハンドルに組み込んでドライバーの体調急変を予測するなどという試みがなされています.疲労計測にはロー波形を微分処理した加速度脈波を周波数解析し,その低周波成分と高周波成分との比を指標にします.その比を性別や年齢などで構成されたルックアップテーブルによって疲労度に変換します.わたしはまだ試したことはないので,一度計測してもらいたいと思っています.Apple Watchに実装されたら面白いですね.疲れてきたようだから少し休もうだとか.
疲労のバイオマーカーもいろいろと研究されていて,唾液中のヘルペスウイルス(HHV)の活性度を計測するという手法が開発されています.HHVは水疱瘡の原因ウイルスとしてご存じの方も多いと思いますが,治癒しても死滅せずに末梢神経に潜伏していることが知られています.宿主が疲労やストレスにさらされたりすると,宿主に見切りをつけて脱出を試みようと再活性化するという仕組みを使ったマーカーです.因みに再活性化があるラインを超えると帯状疱疹として発病するわけです.
疲労とか味覚とかをシステムの出力と考える際に難しいのは,人間には主観があるということです.上述した手法は,客観的に疲労を計測するものです.人間の精神力というのは侮れないもので疲労していても気が張り詰めているとそのことに気づきません.それだからこそ過労死なども問題になってくるわけです.信長に焼き討ちにあって焼死した快川紹喜は心頭滅却新すれば火もまた涼し」と辞世を残しました.信長もその2ヶ月後に炎に囲まれてそのわけですが,そのときこの辞世が彼に届いていたかは興味深いところです.(これは紹喜のオリジナルではなく,もともとは唐代の詩から採った臨済宗の公案だったようです.)
 そこで,疲労の主観的な数値化もなされています.チャルダースケールが世界的に使われています.14項目の質問の0から3の点数をつけるというよくある質問票による指標です.ただ,チャルダースケールはここ最近の疲れ具合を示すものですから,今どれだけ疲れているのかを示す疲労スケールも開発されています.大阪市立大学の研究グループは心身の疲労を総合的に数値化する指標を開発していますが,これの問題は100項目以上に及ぶのでそれだけで疲れてしまうということでしょうか.これらは社会心理学の研究を目的とされていますが,臨床ではもっと簡易な指標が必要になります.それがVAS(Visual Analogue Scale)です.臨床では痛みの測定尺度として簡易でしかも感度が高いという理由で世界共通の尺度となっています.(例えば,聖泉看護学研究  Seisen J. Nurs. Stud., Vol. 4. pp.83-90, 2015(疼痛アセスメントにおけるVisual Analogue Scale:VAS 使用に関する文献レビュー)PDFがダウンロードされますのでご注意ください.)これを疲労の評価に適用しようという試みで,日本疲労学会というのがあって,そこに疲労感VAS検査方法(いきなりPDFがダウンロードされるのでURLは載せませんが,TOPにリンクが貼ってあります)が掲載されています.ラインの人員配置の効率化(オペレータの疲労を勘案した本当の意味での)などに適用できるかもしれません.
わたしも本日は猛暑が戻ってきて疲れたのでここまでにしておきます.それではまた.

この記事を書くにあたっては渡辺・水野(2018)『疲労と回復の科学』日刊工業新聞社,が参考になりました.
タグ:問題解決
posted by Tad at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 統計的問題解決

2018年08月04日

パラメータ設計のアドイン(その2)

先週の続きです.パラメータ最適化のためのアドインについてそれぞれの違いなどを説明しようと思います.本日はHOPEアドインとSRPDアドインについて.
もっとも端的に説明するならば,これらのアドインを使えばパラメータ設計のためのJMP操作が簡単になるということでしょうか.
HOPE.png
この図(クリックで拡大表示します)に示したように,HOPEアドインの設計画面にはJMPでは赤三角から「因子グリッドのリセット」で呼び出さなければならない各種設定がGUIに実装されています.これだけで便利なので,なぜJMP標準になっていないのか不思議なくらいです.見た目だけではなく,実はこの二つのアドインは今年の1月13日の記事で言及していますように,「実はJMP単独ではスクリプトを書くでもしないと困難なことがあって」という問題に対応しています.その一つが先週お話しした範囲を目指す最適化のための満足度関数の定義であり,更にもう一つが,品質工学でいう動特性のための信号因子を設計に取り込みにくいということです.(誤差因子と信号因子は本書ではそれぞれノイズ因子と目的因子という名称で呼びましたので,以降ではこの名称を使います.)これらの因子がJMPでどのように扱われているかというと,ノイズ因子だけはグラフメニューのプロファイルを実行する際に「誤差因子」としてオプション設定でお目にかかれます.ある因子(連続量)を誤差因子に指定すると,その因子による(特性の)予測式を偏微分した関数が予測プロファイルに出現します.満足度はゼロ望目に自動で設定されていますので,「満足度の最大化」によってその因子の影響を緩和した最適化が可能となり,結果としてロバスト最適化が可能になります.この機能はもちろん便利なのですが,システムのロバスト性を点で目指してしまうためあまり実用的ではありません.例えば,予測式が二次関数になっていたとしてその頂点を満足度最大にしてしまうので制約が強すぎるのです.その因子がノイズとして動いてしまっている状況であれば,二次関数の二次係数を最小にするような最適化が実務的には望ましいはずです.このため,わたしのセミナーではこの機能に言及せず,プロファイルを弄りながら予測式の傾き(あるいは二次係数)を小さくするにはどうすれば良いかを考えてもらっています.
HOPEアドインではばらつきは範囲で定式化されます.特性の変動する範囲(Range)を最小にすることがロバスト化であると捉えるわけで,実務的にはとても扱いやすいと言えます.但し,この定式化のためにロバスト化の制約を数値で設定しなければなりません.平坦化を目指すに,真っ平らという極限ではなく,Rangeにしてどのくらい以下であれば良いかを考えなければならず,技術者の考察がとても重要になります.
ノイズ因子はまだ良いのですが,目的因子を設計に取り込み難いことの方が問題です.HOPEアドインはこのためにあるといっても過言ではなく,現在は慶應大学大学院の客員教授の高橋武則先生のHOPE理論をベースとして,その理論検証のために開発されたアドインです.実務的にも大変有効でHOPEアドインを使えば,範囲を目指す最適化も可能になりますし,目的因子(HOPEアドインでは入力)を取り込んだ柔軟な設計も可能となります.HOPEアドインを使った最適化について詳しく知りたい方は,河村・高橋(2013)『統計モデルによるロバストパラメータ設計』日科技連,を参照してください.この本にはHOPEという言葉は出て来ませんし,HOPE理論についても書かれていませんが,全ての例題はHOPEアドインを使って解かれています.
残念なことにHOPEアドインは一般公開されていません.一つにはSAS社の公式アドインでないため,どのような結果が出ても誰も責任が取れないという事情があります.といっても,最適化のライブラリはJMPの機能を呼び出しているだけですから,実務にも十分使えますが,バグがないというわけではないのでそこは利用者の責任で使うことになります.それと,最近は落ち着いて来た感がありますが,機能変更が頻繁でマニュアルの更新が全く追いついていない状況であり,一般公開して間違った使い方が広まってしまうのを危惧しているという事情もあります.とはいえ.その存在をここに明かしてしまった以上,入手方法についてもお知らせする必要があると思いますので,興味がある方はコメント欄でお知らせください.(前にも書きましたが,コメントは私のところで一度止まるので内容が公開されることはありません.)
一方,島根大学の河村先生は別の書籍,河村(2016)『製品開発のための実験計画法』近代科学社ではSRPDアドインというHOPEアドインの派生版を使っておられます.こちらはJMPの正規ライセンス保持者かつ書籍購入者であれば誰でも書籍に記載されている方法で入手できます.SRPDアドインは一言で言うとHOPEアドインのロバスト設計に特化した機能限定版と考えてください.設計やモデリングの画面等はほぼ同じであり,SN比や感度の計算なども実装されているので.品質工学によるロバスト設計をやるだけならばSRPDアドインも良い選択肢です.(因みにSRPDはSatistical Robust Parameter Designを意味しています.)
これら二つのアドインは外側直交計画という品質工学特有のデータ構造をJMPに実装しているところが大きな特徴です.JMPだけでは作成に手間がかかるL18やCCDもプルダウンで指定できます.過去に品質工学をやってうまくいかなかったけれど,JMPを使ってもう一度当時のデータを分析してみたいならば必須のアドインです.
それでは,なぜ本書でMCDAアドインというまた別の派生版を開発したかというと,上記二つのアドインがJMPの枠から少々はみ出ているところがあって,本書の対象であるJMP初心者が戸惑うことを危惧したためです.例えば,HOPEアドインではモデリングに独自のGUIが実装されていて,結果の表示や統計データの出力などがJMPとは異なっています.更にはデフォルトでは寄与率基準というJMPには実装されていない基準でステップワイズが走ります.(JMPデフォルトの最小BICc等を選択することはできます.)いわば独自の世界が展開されているので,経験者にはとても使いやすくパワフルなアドインなのですが,初心者には荷が重いところがあります.これに対し,MCDAアドインにはモデリングに独自の画面はありません.「モデルのあてはめ」で作成した予測式をそのまま指定するだけです.「JMPとの繋がりが良い」ことがMCDAアドインの特徴です.
更には,HOPEアドインもSRPDアドインもトライアルライセンスでの使用は認められていません.(例外はあります.)本書はトライアルライセンスでJMPを初めて触る技術者も対象にしたため(それにしては難しいとよく言われますけど),新たに別のアドインが必要になったのです.といっても,無制限に拡散することを避けるため(その心配はないのかもしれませんが),SAS社との取り決めで唯一「本書の購入者である」という制約は掛けざるを得ませんでした.
その他のMCDAアドインの特徴(実はこのほうが大きい)については後日改めて説明することにして本日はここまで.それでは.
タグ:JMP
posted by Tad at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 統計的問題解決