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2019年01月12日

万年筆と最適化設計

実は最近アクセス記録を見てしまったので,このブログにも結構な人がいらしてくださることを自覚してしまいました.あまり迂闊なことも書けないなと思いを新たにしていますが,本日は暇ネタを書かせてください.
わたしは日常的に万年筆を使っています.他の筆記具ではどうにも書きにくいのです.滑らかだと定評のある水性ポールペン(ジェットストリームやアクロボール)でさえ,筆圧をかけなければ書けないので,長い時間書いているととても疲れます.ボールペンは構造上ペンの先の衝撃がダイレクトに手に伝わってくるのでそれも疲れる理由の一つです.そこで万年筆がわたしには疲れにくい筆記具なのです.
司法試験の筆記試験にも万年筆がよいということで,専用の万年筆が売られていたりします.何しろ数時間もの間ひたすら書き続ける過酷な試験ですから, 疲れない筆記具は必須のようです.そもそも法務省の司法試験に関するQ&Aにも,「指定の筆記具は黒インクのボールペン又は万年筆(ただし,インクがプラスチック製消しゴム等で消せないものに限る。)」とあります. 
この万年筆にも重要な多目的最適化がなされているのですが,本日はこの話をしたいと思います.万年筆のペンポイントの材質は何だかご存知でしょうか?メーカーのロゴと一緒に14kとか18kと小さく書かれているのを見たことがあるかもしれませんので金と思われているかもしれませんが,この文字が書かれている部分はペン先です.ニブとも言いますが,その先に小さい金属(球体)が溶接されていて,そこが紙にあたって書けるのです.この金属の球をペンポイントと言って,材質はイリドスミンというイリジウム(Ir)合金が一般的です.オスミウム(Os)共々硬い金属の代表です.何しろこの二つの元素は全元素中一番目と二番目に比重が大きいのです.イリジウムとオスミウムの天然合金をオスミリジウムと言い,その中の白金属元素鉱物の一つがイリドスミン(Rutheniridosmine) と呼ばれてペンポイントの材質として使われてきました.(因みに,白金属元素鉱物の命名に関する決まりが変更されて,イリドスミンは現在は自然オスミウムと呼ぶのが正式ですが,万年筆業界ではいまだにイリドスミンで通っています.)
ペンポイントに必要な特性はまず摩耗に強いこと,すなわち硬いことです.イリドスミンのモース硬度は6−7です.白金の硬度が4−4.5で,ガラスの硬度が5ですからかなり硬い合金です.国内でもイリドスミンの需要が高まった頃でしょうか,あの宮沢賢治が岩手県で砂金の中に入っている白い物質がイリドスミンであることを発見し,イリドスミンの採鉱を目指していたが叶わなかったということです.佐藤隆房(2012)「宮沢賢治ー素顔のわが友」,富山房企畫そういえば,宮沢賢治の詩集「春と修羅 第二集」の三六六に鉱染とネクタイという詩があります.「こゝらのまっくろな蛇紋岩にはイリドスミンがはいってゐるぞ」という一節があるのを思い出しました.
話が逸れました.このペンポイントですが,現在では必ずしもイリジウムとは限らないそうです.その材質は企業機密とのことですが,成分は分析すれば簡単にわかることなので製法などにも色々ノウハウがあるのかもしれません.何れにしてもペンポイントの硬度が高ければそれだけ摩耗に強いということで,長持ちする万年筆になります.(もちろんペン先の交換は可能ですが,凝った軸でもない限りおそらく買い換えた方が安いです.)その長持ちするペン先のトレードオフにあるのが書き味です.
万年筆の使い始めはペンポイントがまだ尖っていて,その部分が紙を引っ掻くことで,インクが滲み字幅が太くなっています.この時点ではまだ書き味も悪く,こんなものかと使うのをやめてしまう初心者もいます.ですが,我慢して使い続けているうちに角がとれ,自分の書き癖に馴染んだ形状にペンポイントが摩耗していきます.この時点で一番細く書けるペンポイントになります.更に書き続けていくと,徐々に摩耗が進み字幅は太くなっていきます.
字幅が太くなると,一定のインク容量あたりの書ける線の長さが短くなります.この線の長さを一定の字の数で換算したものを字数曲線と呼ぶんだそうです.横軸に時間,縦軸に字数で万年筆の特性を表現できるわけです.この字数曲線は上に凸の関数になっていてその頂点の近傍で万年筆(のペン先)は線幅が最も細くなり書き味もこなれてくることになります.
万年筆メーカーによってこの頂点をどの時点に設計するかがとても重要です.日本の万年筆メーカーは実用性を優先して硬いペンポイントになっているので,万年筆がこなれてくるまでに時間がかかります.ハードに使っても半年はかかるでしょうか.通常使用であれば,おそらく数年はかかります.一方,外国メーカーではもっと柔らかいペンポイントが付いているように思います.最初からユーザーに優しい万年筆なのです.しかしながら.末長く良い状態を保てるのは国産の万年筆です.しかも,国産メーカーのペン先はロバストです.外国製のように当たり外れがほとんどありません.性能として優秀な国産万年筆ですが,それが売り上げに結びついているとは言いがたい状況です.それはなぜかというと新品時の書き味で購入評価をされてしまうからです.
文房具屋に万年筆を買いに行くと,試筆に新品を出してくるお店がありますが,そういうお店ではどうしても外国メーカーの万年筆が好まれるようです.何しろ最初から書き味が良いのですから.大きいお店では,パイロットやセーラーの試し書き専用の万年筆がありますが,それらは何ともこなれたいい書き味になっていたりします.国産メーカーも最初から柔らかいペンポイントの万年筆を出せばいいとは思うのですけど.国産万年筆のペンポイントが硬いのは,漢字を書くための細い線幅にはペンポイントを小さくする必要があり,摩耗もそれだけ大きくなるからではないかと考えています.
耐久性(耐摩耗性)と書き心地の二つの特性を最適化した製品が万年筆であって,国内外の多くの万年筆メーカーのそれぞれの製品がその最適解の一つなのです.このように,製品には複数の特性があるのが普通です.ぜひ皆さんの製品にも複数の特性を見出してみてください.今まで見えなかったユーザーのニーズが見えてくるはずです.
本日は暇ネタですいません.
それではまた.
タグ:問題解決
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2018年12月08日

おでんの話

今週は暖かい日が続いていましたが,この週末は寒いですね.こういう日はおでんなんか食べたくなります.実は,卓上の電磁料理器を最近購入したのですが,これがなかなかよく出来ているんです.この調理器には「味しみこみ」コースというがあって,メーカー(パナソニック)によれば「煮崩れを抑え,味がよくしみこんだ煮物ができる」とのことです.さっそくおでんで試してみたところ,確かに通常より短時間でも味が染み込んでいるようです.煮崩れしやすい大根などは長時間の煮込みは適さないのですが,これならば味の染み込み具合は十分です.おでんのタネによっても最適な調理方法が異なるのではないかと,最適化をしようと真剣に実験計画を検討していました.ですが,5時間足らずでこの状態に調理できるのであれば,全く不満はないのでその必要はありません.
未確認ですが,おそらくこの「味しみこみ」モードではパワーを抑えて温度を低めに制御しているのではと予想します.沸騰させずに加熱することで,煮崩れを低減するのでしょうけれど,このモードで味が早く染み込む訳ではないようにも思います.直感的には,出し汁に大根を漬け込んでグラグラ煮込んだ方が早く味が染み込むはずです.一方で,煮物は冷めるときに味が染み込むという話も聞いたことがありますし,真実はどうなのかを検索しているうちにブログ記事を書く時間を取られてしまいました.完全によそ様の情報だけでブログを書くのも躊躇われますが,本日はその報告でご容赦ください.
おでんということで最初に検索した紀文アカデミーには,火を止めてそのまま放置するおでんの作り方に対して下記が掲載されています.

意外に勘違いしている人が多いのですが、「冷めるときに味がしみ込みやすい」わけではありません。温度が高いほど味のしみ込みは速いので、火を止めてからのほうがゆっくりしみ込んでいきます。途中で火を止めているのは、煮くずれを防ぐためと考えられます。

回答されているお茶の水女子大学生活科学部食物栄養学科の佐藤先生は大学の研究者情報によれば「根菜類のテクスチャー及び味が同時に適度となる最適調理条件をシミュレーションの手法を用いて明らかとすることを目的としている。」そうです.勘と経験の賜物であった料理の世界にこそ最適設計が必要となるのですね.実験計画など実施されているのでしょうか.大変興味深いところです.
ネットには他にも,「煮物は冷ますと味がしみる」はただの勘違い? 分子調理学者が考える“最もおいしいおでんの作り方”などという記事もありました.こちらの石川先生は宮城大学の食品分子栄養学研究室で『料理と科学のおいしい出会い』という著書もあります.専門分野は分子食品学,分子調理学,分子栄養学とのことで,分子調理・分子料理ラボというサイトを運営されています.上記の記事で石川先生は次のようにとおっしゃっています.

「うま味、甘味の感じやすさが温度によって異なる一方、塩味はこのような変化が小さいことから、「(冷めた煮物は)より塩味をきつく感じるため」ではないか」

両先生のご意見では「味しみこみ」モードで味が(早く)染み込むことはないとのことです.そう感じるのは勘違いだそうですが,わたしの体感では確かにつみれなどは味が通常より早く染み込んでいるように感じたので,相入れません.ということで,更に調査を続行します.
その結果浮かび上がってきた別のメカニズムがありました.その研究はOLYMPOSが主宰するシゼコン(昭和35年から続いている小・中学生を対象とした自然科学観察や理科自由研究のコンクール)で参照できます.冷めるとき味がしみこむのはなぜか? という愛知県刈谷市立富士松中学校のお二人の研究です.大学の先生顔負けの素晴らしい研究だと感心しました.第46回入賞ということで今年が第58回でしたから,12年前の研究で彼らももう社会人になっているかもしれません.彼らの考察によれば,

食材は加熱時に軽くなるが、冷却時には重くなる。これは加熱時に食材の水分が抜け、冷却時に水分が戻るためで、このとき味の成分も食材の中に取り込まれ、味がしみこむ。

ということで,この仮説はわたしの体感とも合致します.このようなメカニズムは十分あり得るように思います.

食材を一定温度以上に加熱すると、味はしみこみやすい。

という考察を補足しますと,同じ煮物と言っても,大根のような根菜とつみれのような練りものでは大きな違いがあることに注意すべきです.植物である大根には細胞があるのでそのセルロースの壁を壊さないと味(煮汁)は浸透しにくいのです.このために皮を厚く剥いたり,一度高温で加熱したりする必要があり,「味しみこみ」モードでも事前に柔らかく煮ておくように説明書に書かれています.彼らの研究では,実験6と実験7でこの事実に迫っています.
ただ,食材が加熱中に軽くなるという観察結果だけでは,水分が抜けているということを証明できません.水分量を計測する必要があります.とはいえ,実際に澱粉の水分量を計測した論文があります.伊藤他,瀬木学園紀要 (4), 60-64, 2010,加熱条件の違いによる各種澱粉の水分量と吸湿性の変化によれば,少なくとも練りものでは確かに冷却過程での味の染み込みが期待できるのではないでしょうか.

暇ネタですいません.本日はこれにて.
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2018年10月06日

話術の話

今週は依頼を受けて某所で「統計リテラシー」のセミナーを開催しました.本来のわたしのスタイルは実験計画などの事例指導を兼ねて,自らも技術者の一員として一緒に問題解決に挑むというものなので,通常はセミナーなどを自主的に実施することはありません.もちろん,要望があれば,実習形式のセミナーでJMPの操作なども教えたりしていますが,単なるセミナーはあまりやりたくないのです.講演するならば他にもっとうまい人がいるし,そもそも人前で話すのが苦手だからです.よく「そうは見えない」と言われますが,いつも人前で話すのはとても緊張します.
ロバート・ライト(2017)『なぜ今,仏教なのか』早川書房によれば,お釈迦様も「五つの恐怖」の一つに「集会で恥をかくことの恐怖」をあげておられます.この類の恐怖は社交性が高い人間ほど自らの血統の生存競争に有利であったという事実を踏まえると,人前で話すことに失敗することの不安,即ち社会的な将来性に対する不安に対しての遺伝子に組み込まれた本質的な応答なのです.
と,頭ではわかっていても,やはり,講演が終わった後も,言い足りなかったことや,手順を間違えたことなど,あんなこと言わなければよかったという後悔の念に苛まれます.この性分は話すのが苦手だからとずっと思っていたのですが,徳川夢声(2018)『話術』新潮文庫で夢声さんでもやはり講演のあとは憂鬱になると書かれていて,それ以来あんな話術の名人でもそうなんだと知って,気が楽になりました.この徳川夢声という人物,税務署に提出する書類の職業欄に「雑」と記入していたそうです.わたしも名前は知っていましたが,色々なコンテクストで名前が出てくるので俳優だかナレーターかはたまた作家なのか不明で,いわゆるタレント業と思っていました.この本を読んで漫談家というのが一番近いようです.
色々な話し方の本を読んでいますが,その中でも『話術』はわたしにも得るところ多かったです.久米宏が先輩から新米アナウンサーが読むべき本として推薦されたというだけあって,プロの評価も高いことを知りました.久米宏によるあとがきには,乱暴を承知でこの本の結論をまとめるとして,次の三つがあげられています.
1.人間性を向上させる
2.考える力を磨く
3.人の話をよく聴く
話が上手くなるための三つの要件というところでしょうか.よく考えて人の話を聞くことは心がけていますが,人間性を向上させるなどということが果たして可能かはわかりません.シャガールが良い絵を描くなんて簡単なことだ,それは良い人間であればいいのだから,というような趣旨のことを言っていた記憶があるのですが,確かにピカソなどと比較しても技巧的には優れているとは思えない彼の絵は理屈抜きに良いと感じます.確かに,この本にしかとと書いてあるわけではありませんが,夢声さんも上手く話すなんて簡単だよ,良い人間であればいいんだからなどと語っているように思えてきます.
もう一つ,わたしが話し方を勉強するのにやっていることは,声を出してメールを読むことです.メールといっても広告系の類のものが良いです.これをセミナーの1週間くらい前から,セミナーで想定する声の大きさで話します.そのときラバーダッキングならぬこちらの自作のカモの置物に向かってやります.
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厳密にいうとこれはアビという大型の水鳥です.アメリカではルーンと呼び,目が赤く美しく鳴き声に特徴があることでとても人気があります.この置物は凝って作ったので背中のヒナ(この鳥にはそういう習性があります.)が蓋になって中に小物が収納できるようになっています.そういえば,いつだったかのブログでも別のカモを紹介しましたね.少し脱線しましたが,これをやるようになってから人前で話すのが楽になりました.気のせいかもしれませんけれど.皆様も一度お試しください.

それでは本日は簡単ですが.これで失礼します.
タグ:books
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