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2018年07月28日

パラメータ設計のアドイン(その1)

パラメータ設計のアドインについて質問を受けました.私の知っている限りでは,本書のために開発したMCDAアドイン以外にも,HOPEアドインとSRPDアドインがあります.実はこの三つのアドインのベースは同じものなのですが,それぞれの機能と思想が違っています.それらの違いについてお話しする前に,本日はまずその1としてなぜアドインが必要なのかについて説明しておきます.
JMPでは「満足度の最大化」でパラメータ設計ができるのはご存じでしょう.「プロファイル」とシームレスに繋がっているので使いやすい一方で,本格的なパラメータ設計には機能面で少々物足りないことも事実です.例えば,実験計画で応答の目標を設定する場合,「最大化」「最小化」以外では「目標値に合わせる」という三つの選択肢しかありません.(厳密には「なし」という選択肢もあるわけですが.)このとき,目標値に合わせる際に下側限界と上側限界を設定します.例えば,スペックが25±5であるならば,下側限界に20,上側限界に30と入れればいいわけです.
ところが,スペックはそのままで23を狙いとする場合は,「予測プロファイル」の赤三角から「最適化と満足度>満足度の設定」で「応答目標」を設定しなければなりません.
DraggedImage.png
これが面倒だからと,満足度関数のハンドル(小さい四角)をドラッグしてもうまくいきません.細かい仕様は不明ですが,満足度関数のハンドルをドラッグするとその度に関数を新たに引き直すようです.数値的にというよりは画像処理的に満足度関数が設定されているような感じです.とにかくプロファイル上で満足度関数に微妙な修正を加えるのが困難なことはみなさんも経験あるでしょう.
とはいえ.このような点を目指す最適化のための満足度関数はまだ何とか設定可能ですが,どうしてもJMPでは設定できない最適化のケースがあります.それは点ではなく範囲を目指す最適化の場合です.どういうことかと言いますと,応答の値が例えば20から30の範囲に収まっていさえすればよいというような最適化の場合です.このような範囲を目指す最適化は,特に多目的最適化の場合は重要です.なぜかというと,多目的最適化の場合,それぞれの特性に優先順位があるのが普通なので,優先順位が低い特性に対しても点を目指すと,制約が強すぎてしまうからです.20から30の間にありさえすればよいのに25を目指してしまうと優先順位の高い特性がそれに縛られてしまい,真の最適解が得られなくなってしまうのです.
一つの手段として「満足度の設定」でデフォルトが1の「重要度」を大きく書き換えることができます.しかし,この方法で得られた解は特定範囲に収まれば良いという制約を前提としていません.そこで「満足度の設定」で満足度関数の形状を定義しようとすればこの問題が理解できるでしょう.このような最適化を実現するためには満足度関数の形状は三角形でなく台形にならなければならないことに気づくはずです.しかしながら,ハンドルが三つしかない今の仕様では実現不可能です.どうしてもという場合は,応答の範囲を二つに分割してそれぞれの領域で,ステップ形状の満足度関数を設定して満足度の最大化の際にそれを繋げるというようなことをしなかればなりません.もちろん,スクリプトを組めばこのことは実現可能です.
スクリプトを組めば実施可能といっても,自作するには敷居が高いというのが本音です.そこで上で紹介した既製のスクリプトがアドインとして存在します.これらのアドインは上述した満足度関数の定義を実現するためだけではなく,それぞれに特徴があります.本日は台風が来るということで色々家の周りのことをやらなければならず,時間がないので来週以降それぞれのアドインの違いを説明していきます.
皆様におかれましても台風の備えに怠りなきよう.ともども被害のでないことを願っています.
それではまた.
タグ:Q&A JMP
posted by Tad at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 統計的問題解決

2018年07月21日

神の視点

コメントをいただいたことを受けて,本日は観察について書きます.暑いので短めにします.
計画作成に先だってシステムについての考察は必須であり,そこでは観察が重要なのはいうまでもありません.とはいえ.観察には対象を注視するというニュアンスがあるので注意が必要です.以下の考察は,ボー・ロット(2017)『脳は「ものの見方」で進化する』サンマーク出版にインスパイアされています.この本によると.脳神経科学では,私たちの脳内で生まれる可能性のある「知覚」の適応度地形モデルという概念があるようです.ここ言う「知覚」は思考や概念,行動あるいは判断と読み替えても構いません.脳内で生まれる可能性のある「知覚」は無数にあるけれど,過去の思考や行動によって実際に取りうる「知覚」は制約を受けるということ,即ち,私たちの思考や行動はいついかなる時でも常に思い込み(バイアス)に支配されているとこの本には説かれています.
この議論のアナロジーを問題解決に適用します.ちょうどセミナーでこの話をしようと図を作成しているところだったので,この図で説明します.
神の視点.001.png
この図では横軸をシステムの状態とし,縦軸をその適応度としたシステムの可能性の空間を示していると考えてください.適応度は満足度のようなものと考えても差し支えないでしょう.まず重要なことは現状は何らかの局所的な最適解にはなっているはずだということです.だからこそシステムは安定しているわけです.それが何らかの理由でより高みを目指さなければならなくなった.これが問題解決のスタートです.問題を意識しなければこの準安定状態から脱することはなかなか難しいものです.おそらく手遅れになるまで気づかないということもあるでしょう.
現状を抜け出そうと第一歩を踏み出せたとしても,このとき,「知覚」の可能性の空間の探索が過去の経験を拠り所とするように,現状のシステム状態をベースに探索することが一般的です.品質工学でL18の2列目以降の第二水準を現状値に設定せよとするのはその一例です.もちろん,現状からスタートすることは現状の改善には有効ですが,この図のように近くの高みに出ることがせいぜいであるということが問題です.
神の視点.002.png
この状況ではこの図に示したより良い最適解にたどり着くのは困難です.
神の視点.003.png
システムの場合,更に複雑な状況があります.それはこの図に示したような,ある状況下においてのみ真の最適解が出現する可能性があることです.
神の視点.004.png
真の最適解を見出すにはどうすればよいのでしょうか.
ボー・ロット(2017)の「知覚」の議論では,この状況で私たちは挑戦と失敗を繰り返しながら「可能性の空間」を探検するしかない,と書かれています.なぜならば,この図のように,人間である私たちには現状の近くまでしか見渡せないからです.多くの争いは各人が知覚している(あるいは知覚できる)最適解が異なっていて,しかもそれは互いに認知できないということにあります.実際の実験計画ではこの図のような状況であるということです.
神の視点.005.png
全ての人に共通な最適解を見出すためには神の視点が必要なのです.知覚の空間で神の視点を持つことは容易ではありませんが,問題解決では実験計画によって神の視点からシステムを眺めることが可能となります.その鳥瞰図が応答関数ということになるわけですね.
神の視点で応答関数を眺めるには,現状を実験空間の中心に据えるという制約は外し,可能な限り広い領域で応答関数を眺めることを優先すべきです.このとき,必要になるのは応答関数という地形モデルに対する仮説です.その仮説はシステムの観察から立てられるものですが,その際に固定した視点からシステムを注視するのではなく,視点を切り替えることを意識すべきです.社会学者のアルフレッド・シュッツの現象学的社会学で提唱されている「多次元的な現実」は人の視点で社会の見え方が変わってくることを意味していますが,まさに社会をシステムと捉えれば同じことが言えるのです.
視点を変えるのには,それを意識することが肝要です.他の人の見方を身に付けるのはトレーニングもが必要になるかもしれません.システムの別の部分に光をあてるという感覚も大切にしたいです.自分なりにいくつかの方法論は持っているのですが暑いので本日はここまでとします.観察は大事ですが,陥り易い罠もあります.いずれにせよ,観察という日本語からは視点を切り替えるというニュアンスが弱いので注意したいところです.
それではまた.
posted by Tad at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 統計的問題解決

2018年07月14日

あひる三題


それほど気温が高いというわけではないのですが,日中歩いていると体力を消耗する日々ですが皆様いかがお過ごしでしょうか.PCに向かうのも怠いので今週は暇ネタにしようと思案しつつ,ツイナビを眺めていたら,「あひるが見える人は病院へ」という見出しが目にとまりました.その写真には確かに二羽のあひるが見えます.これはまずい...実はわたしは鴨とかあひるとかの水鳥が好きで観察に出かけて写真を撮ったり,カービングで木工作品を作ったりしています.たまたま昔作った写真が手元にありましたので,始めた手の頃でまだ下手なのでお恥ずかしいのですがこんなのを作ってます.
かも.jpg
胴体に線が入っているのがお分かりと思いますが,ここで二つに別れるようになっていて,頭部が蓋で胴体が小物入れになっている仕様です.色は塗っていませんが,チェリーのブロックを使ったので経時変化で赤くなっています.
さて,このブログとあひるを強引に紐付けると,本書p175のひとやすみで書いた「醜いあひるの子の定理」があります.この定理を命名した背景は定かではありませんが,おそらく渡辺先生はこの世のいかなる差別をも主観のなせるものと看破することを意識して証明されたのではないでしょうか.問題解決の観点から考えると意思決定には主観が必ず入るということが証明されているということです.考えてみれば,仮設検定にも有意水準という主観的な要素が入っている訳で,このことからもF検定で導かれる統計モデルにも主観的な要素が入っていることに気付かされます.
問題解決にはもう一羽あひるがいます.問題をロジカルに考えるときに使う手法のラバーダッキングです.手法と言っても簡単なもので,誰かにその問題について教えることで構造を整理しつつバグや解決法を見出すことです.プログラミング分野以外ではあまり使われないかもしれませんが,何かの問題を考えるときはとても有効な手法です.その誰かはなんでもよく例えば赤ん坊がお風呂に浮かべて遊ぶ玩具のゴム製のあひる(ラバーダック)であってもいいわけです.事実,あのエニグマの解読で有名なチューリングもこのブログ記事によれば,PorgyというTeddy Bearを前にしてラバーダッキングしていたそうですチューリングの不遇な最後を思うに,醜いあひるの子の定理がもう少し早く証明されていればと考えてしまいます.コンピュータ科学に偉大な足跡を残した科学者が,エリザベス2世女王の名をもって正式に恩赦されたのは2013年ですからまだ記憶に新しいところです.
チューリングの場合は講義の練習でラバーダッキングしていたそうですが,このようにプログラミングに限らず,人にものを教える過程でいろいろな粗に気づくことはわたしも常に経験しています.皆様も一度お試しください.
最初に「あひる三題」と名前をつけてしまったので,もう一羽のあひるを探しています.最近どこかで見かけたのですが...思い出しました.あひる本です.Stanを少し勉強しようかと思って松浦(2016)『StanとRでベイズ統計モデリング』共立出版に行き着いたのですが,この本はあひる本と呼ばれています.その理由はお分かりでしょうか?表紙のレゴブロックの構造物があひるだからだそうです.うーんちょっと見えないです.最初のツイナビの写真の方がアヒルに見えました.

三連休暑い日が続くようです.皆様も体調にお気をつけください.それではまた.
タグ:問題解決
posted by Tad at 19:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記